リラクゼーションと一体感

ぼくはリラクゼーションにおけるいい施術とは、施術者が一方的に技術を押しつけるのではなく、お互いに影響しあって変化していく対話のようなものだと思っています。
触れることで受けている人に変化が生まれ、それを感じとることで施術もまた変化していく。そのやり取りがうまくいっている時は施術者側もリラックスして身体がゆるんできて、施術をしながら自分の身体も楽になっていきます。そうなるとどちらが主体だとか関係なくなり、相手の身体をマッサージしながら自分の身体をマッサージしているような感覚になります。そんな時は何かを共有している実感があって非常に幸福な感覚につつまれます。
ミラーニューロンやオキシトシンの分泌などいろいろ理由はあるのでしょうが、まさにマッサージハイといった状態で何も考えずに手や身体が動く感じです。
この状態はかつてぼくが大道芸フェスティバルなどでパフォーマンスをしていた時、お客さんとのやり取りが楽しく一日中パフォーマンスを続けられた時の感覚に似ています。
自分が何かをしようというよりもお客さんの反応に動かされて一日中パフォーマンスをし続けられる。この状態はある意味「個」とか「我」がない(もしくは薄い)状態でもあるような気がします。
もちろん7時間も8時間もパフォーマンスをし続けているとその間には「何もない時間」というのも存在するのですが、「何もない」「何もしない」ということがパフォーマンスとして成立するのも「我をはっていない」からだとも思います。そしてそんな状態にある時は特に何をしているわけでもないのに、その場にいる人たちで「なんだか面白い」という状態を共有している感覚がありました。
リラクゼーションでもパフォーマンスでも満足感が高いのは技術や効果といったことも重要ですが、その場にいる者同士が何かを共有した一体感だと思っています。
即興やセッションで良かった楽しかったというのも、計算や意図を超えた所に生まれるグルーヴ感なんじゃないでしょうか。
毎回毎回そんな状態にまで行けるわけではありませんが、少なくともそんな境地に行けたらいいなあという気持ちでいつも施術をしています。


